Story 軌跡と展望

京都とともに歩んだ
90年の歩み

すべては未来の
街づくりのために

2023年11月、要建設株式会社は創業90周年を迎えました。
長年にわたる歩みの中で、私たちは自らの仕事の価値を問い続けてきました。
数ある建設会社の中で、なぜ「要建設」でなければならないのか。
その答えは、京都という都市の歴史の一部を担っているという自負にあります。

滞在する人の印象を左右し、街の風景を創り出す建造物。私たちが手掛ける一つひとつの現場が、未来の京都の価値をかたちづくります。
その価値を支えるために、物心両面で正しい判断ができる現場監督を育て、誠実な施工を積み重ねる。そうして、「10年後、100年後の人々からも愛される街づくり」に貢献することが、私たちの揺るぎない社会的使命です。

時代ごとの歩み

第1章

1933–1951

創業

  • 1933年

    11月

    創業者である三輪 清が三輪工務店を創業。
    創業の地は現在の京都市中京区壬生淵田町5であった。
    当時の事業の状況を示す記録は残っていないが、三輪清が元々勤めていた建築請負業「株式会社かなだや」から引き継いだ「鐘淵紡績株式会社」の仕事を請け負っていたものと思われる。その後、日米開戦により統制経済の時代となり、1943年、三輪工務店は企業合同で「株式会社旭組」として再編成された。 

  • 1945年

    終戦の1945年、企業合同は解かれ同12月、三輪工務店は復活を果たし、 戦争により疲弊した京都の復興の一翼を担うこととなった。 

  • 1947年

    「合名会社要組」を発足し、三輪清が代表社員となる。
    社名に「要」の文字が採用されたのはこのときが始まりであり、神社で命名判断を受けたものと伝えられている。

  • 1948年

    10月2日

    合名会社要組が改組して、「要建設株式会社」が誕生。
    三輪清が代表取締役に就任、資本金は30万円であった。
    翌1949年には建設大臣登録業者となる。

    設立時の会社周辺地図
    住所:京都市中京区壬生淵田町
  • 1950年

    資本金を100万円へ増資、翌1951年には「要建設一級建築事務所」を開設し、さらなる発展への足固めとした。

第2章

1952–1989

復興と成長

終戦後約10年で、「もはや戦後ではない」と経済白書が謳うまでに日本は経済成長を続けていた。
当社においては、創業時からの顧客である「鐘淵紡績株式会社」の仕事に着実に取り組み、工場や事業場、社宅などの新築工事を数多く手がけることとなった。

また、新たに主要顧客となった「三井生命保険相互会社」の支社・営業所などの新築・増築工事を数多く受注したほか、1957年には大阪営業所を開設し、受注拡大を図っていった。

また、戦後の高度経済成長期には、建設ラッシュを背景に民間・公共を問わず多様な工事を受注していった。

ベビーブームに伴う小中学校などの公共施設や、社宅・市営住宅といった団地の建設の他、食料需要の増加による供給網の形成から、冷蔵冷凍施設の建設にもいち早く取り組み、日本全国の市場や水産食品加工の冷蔵庫建設を次々と受注し、当社の業績に長く寄与した。

  • 1965年

    11月

    待望の新社屋が、現在地である京都市中京区西ノ京馬代町19に完成。
    これを機に三輪清は会長職に退き、三輪成保が2代目社長に就任した。
    三輪成保の社長就任から数年間は、日本経済が高度成長を維持する中、弊社も業績を順調に伸ばしていったが、1970年の大阪万博をピークとして高度成長期は終焉を迎えていった。

  • 1973年

    戦後日本の高度経済成長の終焉という大きな時代の流れの変化をいち早く見て取った三輪成保社長は、「三要不動産株式会社」を設立し、事業拡大を図った。
    当時は分譲マンション事業も展開していたが、その後は建物賃貸業を主業務とするようになった。

    分譲マンション「エクセル岡崎」

    この頃になると、京都の地場ゼネコンとしての地歩を確立し、学校・病院・老人ホームなどの公共施設や、企業の事務所、団地、マンションなど、幅広い用途の建物を受注した。

    田辺総合庁舎建設(1976年)

第3章

1990–2022

建築家との出会い

  • 1991年

    11月

    日本経済がバブル崩壊による景気後退局面に陥る中、現社長である三輪泰之が入社。
    翌年・翌々年には日本を代表する建築家2名の作品、磯崎新氏設計「京都コンサートホール」(清水・東急・要・岡野JV)、安藤忠雄氏設計「京都府立陶板名画の庭」(要・津田JV) の建設工事を立て続けに落札した。
    立替資金の調達や採算確保など、さまざまな課題を伴う社運を懸けた挑戦であったが、両物件とも無事に完成し、弊社の高い技術力を改めて広く示す輝かしい実績となった。

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    京都府立陶板名画の庭
  • 2000年

    11月

    三輪泰之が40歳の若さで3代目社長に就任。
    翌年から21世紀が始まるという節目でもあり、社内には新たな空気が広がっていた。

    グローバル化が進展する中、同時期にISO9002の認証を取得。2003年にはISO9001の認証を取得した。さらに、2006年には京都市が推進するKES(環境マネジメントシステム)を登録した。
    この頃にはバブル崩壊時に負った借入金も完済し、以後は無借金経営を継続している。

  • 2009年

    4月

    京都工芸繊維大学の学生食堂「KITHOUSE」の施工を手掛ける。設計は日本建築家協会新人賞、日本建築学会賞などを受賞した岸和郎氏。この物件が高く評価されたことで、その後、筆づくりで知られる「白鳳堂 京都本店」の施工へとつながる。同店は2015年、「京都景観賞 建築部門」奨励賞を受賞した。
    こうして著名建築家の作品を継続的に受注するようになり、社員の間に「京都の景観づくりを担う会社」という自覚が高まっていった。

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    京都工芸繊維大学「KIT HOUSE」
  • 2018年

    4月

    建築費20億円超の大型工事「京都市立下京雅小学校等施設整備工事」を単独で受注。
    この頃から大型案件の受注が相次ぎ、前述のとおり著名建築家のプロジェクトを継続して手掛けている。

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    京都市立下京雅小学校等施設整備

第4章

2023–

創業100周年に向けて

  • 2023年

    11月

    弊社は創業90年という節目を迎えた。
    昭和初期から平成、令和へと続く3代にわたる歩みは、常に時代の課題とともにあった。
    現在も円安による資材高や人手不足といった厳しい現実に直面しているが、社内の空気は明るい。2033年の創業100周年に向けて、要建設は今、新たなスタートラインに立っている。